本の表紙をこうして並べてみると、おおよそ本の内容がわかるというものです。花村萬月の「少年曲馬団」(上・下)(講談社文庫:2012年2月15日第1刷発行)を読みました。上巻は444ページ、下巻は387ページもある本ですが、平易な文章で読みやすい本でした。花村萬月といえば僕の場合やはり「父の文章教室」でしょう。花村萬月の著作で始めて読んだのも「父の文章狂室」です。
と思ったのですが、1998年「ゲルマニウムの夜」で第119回芥川賞を受賞しているので、どうも「ゲルマニウムの夜」を読んだのが最初だったようです。その後、「王国記」や「風転」で読むのが嫌になったような?それにしても、もっと読んでいるかと思ったのですが、意外に少ないのには驚きました。これではまずい。もっと読まなければ・・・。
本の帯の裏面には以下のようにあります。
上巻:惟朔(いさく)は、どうしても小学校に通えないのであった。昭和30年代後半、府中刑務所のそばの、母子寮で暮らす惟朔、妹の薫。貧しいが原っぱの日溜まりのような呑気さがそこにはあった。ある日突然、父親との同居が始まり、惟朔の暮らしは一変する――。自伝的作品「百万遍」へと続く小学校1年から4年まで。
下巻:入院していた父は家に戻り、壮絶な最期を迎える。惟朔は、父親の常軌を逸した支配から、突然放たれたのだ。なっちゃんという看護婦さんや、片山さんという同級生に心を寄せて、秘密の時間を持つ。宙ぶらりんの心を抱えて瞑想する少年が追いやられた場所は、あまりに惨かった。
「少年曲馬団」は、2008年7月に講談社から単行本として刊行されたもので、「百万遍(青の時代)」および「百万遍(古都恋情)」の前日譚にあたります。従って、時系列的には逆ですが、作者にとってはそれなりの理由があったようです。いずれにせよこの作品は、「自伝的作品」であって、主人公の「惟朔」は花村萬月の分身と言っていいでしょうが、「自伝」でないことは言うまでもありません。
惟朔の名は、アブラハムの息子イサクからきています。神はアブラハムの信仰を試すために、息子を神に捧げよと試練を与えます。イサクは神を信じる父を信じ、命を捧げて犠牲になろうとします。アブラハムが息子を殺そうとした瞬間、天使が現れてこれを止めます。縄田一男が「解説」で、「少年曲馬団」で父子が信じた神は「文学」だとしています。惟朔の母が夫のことを「正男。名前だけじゃありませんか」と、心の中でなじる箇所があります。そして「正男はじつに文学的な男である。少なくとも私という女の心の奥底を微妙にねじ曲げたのだ」、とも語っています。
惟朔は、この父親にもうほとんど生き写しなのです。惟朔は学校へは行かずに、父親から英才教育を受けます。そこらあたりは「父の文章狂室」に詳しく述べられています。なにしろ知能テストは高すぎて測定不能になります。不登校も筋金入り。そして女性関係、朝鮮人部落の同級生・幸子、そして片山さん、また看護婦のなっちゃんとの関係、いわゆる「性的逸脱」が惟朔の命取りになり、教護院送りとなります。「少年曲馬団」のいう題名は、惟朔の友人の一人がサーカス団の団長の息子だったことによります。時代背景が、よく描かれています。
花村萬月は、1955年東京生まれ。1989年に「ゴッド・ブレイス物語」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。1998年に「皆月」で吉川英治文学新人賞、「ゲルマニウムの夜」で芥川賞を受賞します。
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花村萬月の「ゲルマニウムの夜」
「父の文章教室」
著者:花村萬月 集英社新書
2004年12月22日第1刷発行
定価:本体680円+税
異能の作家による、凄惨な早期教育の記録。異端の芥川賞作家による初の自伝。五歳の頃、突如家に戻った父親から受けた凄惨な早期教育の記憶をたどりながら、己の文章作法や作家的想像力の源泉に迫る。父の死を描いた掌編「爛斑」を収録。