平野啓一郎の「小説の読み方」(PHP文芸文庫:2022年5月23日第1版第1刷)を読みました。
「本の読み方 スロー・リーディングの実践」が好評だったので、編集者からは「小説の読み方」を書いてほしいと、2006年頃、提案されたという。が、それは「本の読み方」よりも難しいテーマだと感じられた、という。
概念としては「本」の方が「小説」よりも大きく包括的であり、本を対象にして読書論を書くことができるのなら、より限定的な小説というジャンルについて書くことは、難しくないのではないか、というのは、一つの考え方である。
――が、「小説の読み方」となると、どこをどう踏まえ、誰に向けた本にすべきかという最初の段階から悩ましかった。
小説の読み方は自由である。自由なところがいい。三十代前半の私は、殊に、小説とはこう読むべきだと確信することに不安を抱いていた。
色々と考えた結果、インターネットで本の感想を書くことが一般化しつつあった当時、その着眼点と、その具体例という構成であれば、まとまった意見を書くことができそうだと思い至り、本書の執筆を応諾した。
冒頭で、私は、動物行動学者のティンバーゲンによる「四つの質問」を紹介している。・・・私は今でも、小説を読み、書評の類を書かねばならない時には、概ねこの四点を気に懸けており、また、芥川賞のような文学賞の選考の場でも、これらを踏まえた評価に勤めている。
その四つとは、動物の行動の、
①メカニズム
②発達
③機能
④進化
に関するものだ。
目次
文庫版に寄せて
第1部 基礎編 小説を読むための準備
世の中のことを「小さく説く」もの⁉
小説を「四つの質問」から考えてみる
「知りたい」という欲求と<主語>+<述語>
<究極の述語>への長い旅
<大きな矢印>は無数の<小さな矢印>
<主語>になる登場人物
話の展開が早い小説、遅い小説
述語に取り込まれる主語
期待と裏切り
事前の組み立てと即興性
愛し方に役立てる
第2部 実践編 どこを見て、なにを語るか
ポール・オースター「幽霊たち」
綿谷りさ「蹴りたい背中」
ミルチャ・エリアーデ「若さなき若さ」
高橋源一郎『日本文学盛衰史――本当はもっと怖い「半日」』
古井由吉『辻――「半日の花」』
伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』
瀬戸内寂聴『髪――「幻」』
イアン・マキューアン『アムステルダム』
美嘉『恋空』
フョードル・ドストエフスキー『罪と罰』
平野啓一郎『本心』
あとがき
第2部のj実践編「どこを見て、なにを語るか」ですが、さすが小説家だけあって、見事な読解には素人の出る幕はありません。特に自身の作品「本心」についての解説は、一般人の知りえないことが書いてあり、非常に参考になりました。
平野啓一郎:
1975年愛知県生まれ。京都大学法学部卒業。98年、大学在学中に雑誌「新潮」に寄稿した作品「日蝕」(新潮文庫)が三島由紀夫の再来として注目を集める。同作品で翌年芥川賞を受賞。2002年、2500枚を超す大作「葬送」(新潮文庫)を刊行。以後、旺盛な創作活動を続け、その作品は、フランス、韓国、台湾、ロシア、スウェーデンなど、翻訳を通じて、広く海外にも紹介されている。
著書は小説では、「一月物語」「文明の憂鬱」(以上、新潮文庫)、「高瀬川」(講談社文庫)、「滴り落ちる時計たちの波紋」(文春文庫)、芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞の「決壊」(新潮文庫)、Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞の「ドーン」(講談社文庫)、渡辺淳一文学賞の「マチネの終わりに」(毎日新聞出版)などがある。新作は読売文学賞を受賞した「ある男」(文藝春秋)。
エッセイでは、「小説の読み方」(PHP新書)、「私とは何かーー「個人」から「分人」へ」(講談社現代新書)、「考える葦」(キノブックス)などがある。
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