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乗代雄介の「本物の読書家」を読んだ!

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乗代雄介の「本物の読書家」(講談社文庫:2022年7月15日第1刷発行)を読みました。

 

10月1日の朝日新聞の書評欄に、文芸評論家・斎藤美奈子さんによる「旅する文学」が載っていました。今回は「高知編」でしたが、田宮虎彦の「足摺岬」(1949年)とか、宮尾登美子の「櫂(かい)」(1973ー74)とか、浅井まかての「ボタニカ」(2022年)とかが取り上げられていました。さてさて、今後どうなるのでしょう? 「旅する・・・」、これ、文学のひとつのキーワードですね。

 

「旅する文学」といえば、乗代雄介の「旅する練習」でしょう。第34回三島由紀夫賞受賞作です。僕は芥川賞候補作として読みました。

 

私は、亜美の卒業式が終わったら、鹿島アントラーズのホームゲームを二人で観に行くついでに本を返しに行くという計画を立てた。具体的な日も決まったところで、状況が一変した。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、市立小中学校は臨時休校。亜美のもとへは、どこへも行けないのに中学から宿題が送られてきた。算数と社会と理科は問題集で、国語は日記帳です。試合はできないけど、合宿に行くか。どうやって?歩いて。利根川の堤防道をドリブルで歩く。練習しながら、宿題の日記を書きつつ、鹿島を目指す。そして最後に本を返す。さて、我孫子駅です。二人はここから出発します。。

乗代雄介の芥川賞候補作「旅する練習」を読んだ!

 

もう一つ、思い出しました。ねちっこい大阪弁を話す男が出てくるんですね。ぼくと怪しい中年男は、「謎の本」を探し求める。

本をめぐる知的愉楽に満ちた三島賞作家受賞第一作。幻の書の新発見か、それとも偽書か――。

高校の歴史研究部に所属するぼくは、あの城址に現れた、

うさんくさい大阪弁の男の博識に惹かれていく。

乗代雄介の、芥川賞候補作「皆のあらばしり」を読んだ!

 

さて、乗代雄介の「本物の読書家」は、第40回野間文芸新人賞を受賞しています。「旅する練習」の前の作品です。「本物の読書家」は、「本物の読書家」と「未熟な同感者」の2篇からなっています。うまく書ける自信がもちろんないので、ほとんどを引用しながら話を進めます。


老人ホームに向かう独り身の大叔父に同行しての数時間の旅。大叔父には川端康成からの手紙を持っているという噂があった。同じ車両に乗り合わせた謎の男に、私の心は掻き乱されていく。大変な読書家らしい男にのせられ、大叔父が明かした驚くべき秘密とは。――「本物の読書家」

 

もともと大叔父上の古本の引き取りはわたしに話が来ていたのだが、断りの返事を母から聞いた大叔父上はちょっと嬉しそうにこう言ったという。「高萩までは、彼に送り届けてもらいたい」。このご指名に心当たりがないわけではなかった。というのも、この人物に関しては、まことしやかな噂が一つある。川端康成からの手紙を後生大事に持っているらしいというのがそれである。常磐線快速、勝田行き。わたしは車窓に名上がれる景色を見るように努めた。わたしには行きだが大叔父上には帰りに思えるその景色のほかには、二人が共有しているものは何もなかった。

わたしの隣には黒のスーツ姿をした、三十前後の、体格のいい男が座っていた。「すんまへんけど、弁当食わしてもらいまっせ」極端な大阪弁で言いながらわたしたちに視線を投げると、男は革のビジネスバックを膝の上に取り出していた。「駅弁はこれに限りまっせ。わしは電車や新幹線では崎陽軒のシウマイ弁当以外は食いませんのや」

世間一般のいい方に当てはめるなら、わたしはささやかな読書家ということで間違いなかろうと思う。しかし、読書家というのも所詮、一部の本を読んだ者の変名に過ぎない。私には読んでない本がある。柄谷行人の「近代文学の終わり 柄谷行人の現在」には、ある界隈では有名な論争に対する言及がある。

「日本近代文学の起源」に関して、この間に経験してきたのは、私の仕事から実は影響を受けているのに、影響を受けたことを隠すために、西洋の著作を持ってくることです。その手口はわかっています。たとえば私が「児童の発見」を書いたら、フィリップ・アリエスの『子供の誕』を参照の枠組みに持ってきて、こともあろうに、私がその真似をしたというのです。しかし、私はいまだにアリエスを読んでいない。腹が立ったから読まなかった。読んだほうがいいに決まっていますけどね。

畢竟、ホメオパシーめいてくるその応急処置風景といえば、例えば、かのフランツ・カフカが「僕は、およそ自分を咬んだり、刺したりするような本だけを、読むべきではないかと思っている」と手紙に書きつける一方で、ギュスターヴ・フローベールが「『芸術』において最も高度(そして最も困難)であるとぼくが思うものは、笑わせることでも泣かせることでも、発情させたりかっとさせたりすることでもなく、自然と同じように働きかけをすること、すなわち夢想に陥らせることです」と愛人への手紙に記し、実況中継が如く『ボヴァリー』の進捗を知らせ続けるその様を目ざとく見つけたか知れないジェローム・D・サリンジャーが、小説中で超越的自殺者の身を借り、『マダム・ボヴァリー』を傑作と認めた上で「彼の手紙は読むに耐えないものだ」とやり始めるという具合の、言葉だけが虚空を往来する小田原評定である。サリンジャーは「マダム・ボヴァリー」を、ルイ・ブイエやマクシム・デュ・カンが「すぐれた」文学的助言によって書かせたものだと小説に記しているが、わたしからすれば、彼らが原理的には同じことへ言及しているのだとしても、みんな結構なことですとかしこまるに尽きるのかもしれない。いついかなる誰の文章を取り出しても、それは読者が読まなかった他の幾多の文章に高度に希釈されている。

大叔父上は小さな革カバンを頼りない膝の上にのせた。出てきたのはこれも革が張られてた堅牢な装丁の本だった。「わたしの日記です」と大叔父上は固そうな革の表紙を撫ぜた。「昭和三十八年四月七日。完成を見る。ようやく此方にも引き写すことができる。終わり次第送ろうと思う。」

「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と娘は言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って私の膝においた。

この冒頭は川端康成の「片腕」だ。千九百六十四年の一月に完結したという「片腕」を、千九百六十三年四月の大叔父上が日記に書いている。「ちょっと待ってくださいや」男も冷静でない震え声で言った。「そんなアホな」。大叔父上は決して届かぬ場所に沈んだ目をどこにも浮上させることなく黙している。「おとうさんが『片腕』の代作者やいうんですか? 『片腕』いうたら、川端の代表作や!」。

「わたしは『片腕』を川端先生にくれてやったのです」と大叔父上は言った。「それで小説からも足を洗いました」。

なりゆきで入った「先生」のゼミで、私は美少女・間村季那と知り合う。サリンジャー、フローベール、宮沢賢治らを巡る先生の文学講義、季那との関係、そして先生には奇妙な噂が……。たくらみに満ちた引用のコラージュとストーリーが交錯する意欲作)――「未熟な同感者」

 

先生のゼミに入ったのはことに成り行きとしか言いようがない。・・・本当に登録できたかも疑わしい中、次の週に顔を出すことにした。冷たいドアをそっと開けると、三人並んだ学生が首をこちらに向けた。先生は私に一瞥もなくフローベールについて喋っていた。

きれいさっぱりと文学なんかおっぽり出して、もう何も書かず、頭を絶えず手淫して文章を射精させる代わりに、この頭をきみの乳房に憩わせたいという欲望です。

(ルイーズ・コレ宛 書簡「フローベル全集9」)

先生は年の頃が四十といったところで、話の進みはあまり要領を得なかった。それにも拘わらず私が、その講義内容を概ね正しく書いていくことができるのは、先生がすべてを放棄して失踪した時、講義を文章にまとめたノートが、私の家に送りつけられたからである。

誰かが文章を書く時、書かれた文章は、その都度の射精のように、当人にとって正しいものとなる。手を動かしている最中どんなにくたびれようと、事が終わってどんな後悔に苛まれようと、その時、その場で、その文章が書かれた瞬間が、当人にとって、正しいものであったことに疑いの余地はないわけだ。

フローベールは『ボヴァリー夫人』を書くにあたり、「過剰なまでに比喩にのめり込んでいく癖」を抑えて、「文体に我を忘れ」ることなく、簡素にそぎ落とされた言葉を選んでいった。一般に射精のオーガスムは、精子と精嚢液の混合物が射精管を通る際の刺激によって得られると考えられている。ならば、痛みも伴う危険はあれど、より通りが悪い、抵抗の大きい粘液の方が大きな刺激を得られると言って差し支えあるまい。『適正な言葉』を目指し、頭を絶えず手淫して文章を射精する生活を、フローベールは四年半続け『ボヴァリー夫人』をものにしたのである。

先生が授業の合間に手淫しているという噂が入ってきたのは確かその頃のことで、先生が講義中に必ずトイレに行くのは、女子大生を前に抑えきれなくなった性欲を処理し、授業を円滑に進めるためだというのである。先生が受け持っている講義ではかなり有名な噂ということだった。

 

乗代雄介:

1986年、北海道江別市生まれ。法政大学社会学部メディア社会学科卒業。2015年、「十七八より」で第58回群像新人文学賞を受賞し、デビュー。2018年、『本物の読書家』(本書)で第40回野間文芸新人賞を受賞。2021年、「旅する練習」で第34回三島由紀夫賞受賞。その他に『最高の任務』『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』『皆のあらばしり』『パパイヤ・ママイヤ』ある。

 


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