10月の100分de名著は「折口信夫 古代研究」です。
プロデューサーAのおもわく
「マレビト」「常世」といった独自の概念を生み出し、戦前、戦後を通じて、国文学と民俗学に決定的な影響を与えた折口信夫(1887―1953)。二十年来の研究を集大成し「折口学」と呼ばれる学問構想の全容を示した代表作が「古代研究」です。来年、没後70年を迎えるタイミングで、折口についての様々な研究書や読み物が出版され、一般の人々の間でも関心が巻き起こっています。そこで「100分de名著」では、難解といわれる折口の思想に現代の視点から新しい光を当て「古代研究」を読み解くことで「日本文化とは何か」をあらためて見つめなおします。
「古代研究」といっても歴史学の書ではありません。古代人の心性に論理を超えた直観で迫りながら、日本文化の基層にあるものが何なのかを明らかにしようという野心的な著作です。そこでは、万葉集から新古今集に至る国文学の生成発展から、古代人の生活、聖賤入り混じる日本の芸能史、神道や伝説の深層まで、「マレビト」という鍵概念をベースにした、縦横無尽な探索、論考が行われ、既存の学問的枠組みを超えた壮大な試みが展開されています。
「古代研究」を読み解いていくと、茶道や華道といった芸道や「おもてなし」に象徴される日本文化の隅々にまで、古代的な心性の深い影響が及んでいることがわかります。また、ごく日常的な営みにも現れる日本人ならではの感受性が歴史を通じてどう育まれていったかを知ることもできます。いわば「古代研究」は日本人の心性の原点を探りだす著作なのです。
万葉集研究の第一人者であり折口信夫の研究でも知られる上野誠さんは、「古代研究」を現代に読む意味が「近代化の中で表面的には忘れ去っているようにみえるが、無意識のうちに我々を規定している日本文化の基層に触れることができること」だといいます。上野さんに「古代研究」を現代の視点から読み解いてもらい、折口信夫が明らかにした「日本文化の深み」に迫っていきます。
第1回 「他界とマレビト」
折口にとって古代の世界観の根底となるのが「他界」の問題だ。かつて日本列島に移り住んできた祖先たちが離別してきた出立の地を懐かしんだり憧れたりする心性が「他界」を生み出したのではないかと折口は考えた。更に折口は、南方諸島の祭祀などに見られる、他界から時を定めてやってくる存在を「マレビト」と呼び、日本における神の原初的形態だという。人々はマレビトを畏怖をもって迎え饗応し、マレビトは豊作などを予言して他界へ帰っていく。この構造が、茶道や華道などの芸道や「おもてなし」に象徴されるの日本文化の隅々に影響を及ぼしているというのだ。第一回は、折口が唱えた「マレビト」や「他界」という概念を解き明かすことで、日本文化の基層にあるものに迫っていく。
第2回 国文学の発生
人々がマレビトをもてなすのは、マレビトが他界からのメッセージを伝えてくれるからだ。「呪言」と呼ばれるその言葉が、記憶に残るよう一定の形式をもって伝えられてゆく中で、和歌や物語の原型が形作られていく。その際に「うたう」「かたる」という二つの方向性があり、それぞれが叙情詩、叙事詩に発展していくという。第二回は、「マレビト」についての考察を発展させた折口の洞察から、国文学発生の現場に迫り、和歌や古典の物語が私たちにとってどんな存在なのかを明らかにしていく。
第3回 ほかひびとの芸能史
折口の理論は「芸能史」にも新たな視角を与えてくれる。芸能は元来マレビトの言葉やふるまいを模倣する行為「もどき」から始まったという。それは日常性を超えた異世界性を帯びているが故に、聖性をもち、その裏返しとして賎性をも合わせもつ。諸国を流浪する念仏踊りの聖や琵琶法師、門付け芸人らは、聖人的な側面をもちつつも「河原乞食」とも蔑称され疎外されてきた。こうした聖と賤が入り混じったダイナミズムこそが日本の芸能の特質なのだ。第三回では、折口の芸能についての論考から、現代の芸能文化や風俗にまで深く影響が及んでいる「聖と賤のダイナミズム」に迫っていく。
第4回「生活の古典」としての民俗学
戦後の学問は、分野ごとに明確に線引きされ論理と実証のみによって事象を解き明かすことが主流になっていた。しかし折口は、そのような細分化した学問では人間の心性を探ることはできないと真っ向から批判する。文献のみに頼る研究だけではなく、身近な年中行事や日本各地に残る祭礼を掘り下げ、古代人の心を肌で実感し思考することの大切さを訴えたのだ。その背景には、私たちの心は深いところで古代人と繋がっているという「実感」こそが、私たちの心を豊かにしてくれるという折口の信念があった。第四回は、折口が「生活の古典」と呼んだ、私たちの生活に沁みとおった文化の基層としての「民俗」に迫っていく。
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