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Channel: とんとん・にっき
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フランクリン・J・シャフナー監督の「ニコライとアレクサンドラ」を観た!

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フランクリン・J・シャフナー監督の「ニコライとアレクサンドラ」を観ました。

6月に、どういも内容かもわからずに、録画してあったものです。

 

シネマ「ニコライとアレクサンドラ」

2021年6月27日(日) 0:00AM(3H10M) NHKBSプレミアム

 

以下、中野京子の「名画で読み解く ロマノフ家12の物語」より。

一家は短期間首都に軟禁された後、シベリアの流刑地トポリスクに1年ほど抑留され、そこからエカテリンブルクに移送されて約2か月後の1918年7月に処刑される。

ニコライと妻アレクサンドラ、両親に似て美しい4人の娘たち(22歳のオリガを筆頭に、タチヤーナ、マリヤ、アナスターシャ)、13歳の息子アレクセイ、それに侍医や女官、従者を含めて11人がエカテリンブルクの商人イパーチェフ邸に幽閉された。夫妻はおそれくこの時もなお、いずれ亡命を許されるだろう、最悪でもモスクワで裁判にかけられるはずで、その場合、子どもたちに害が及ぶことはないと信じていたようだ。ニコライは日記を続けた。抑留されて1年たつ3月には、「今日は(中略)抑留1周年記念日だ。心ならずも過ぎ去った苦しい1年を思いださせる。これから先、私たち全員を待っているのは何であろうか。すべては神のご意志だ。私たちの希望はすべて神次第だ」。

こう記した4ヵ月後が、「神の意思」だったのだろうか。一家は、また別の場所へ移動せよと命じられ、外出着に着替え、荷造りした。出発まで待つようにと、地下室へ入れられた。まもなく銃を持つ男たちがドアを開け、一斉射撃を浴びせた。下着に宝石を縫い込んであったため、弾が貫通しにくかったと言われる。またに虐殺だ。身元がわからぬよう、顔に硫酸がかけられ、森に埋められた。

 

以下、KINENOTEによる。

 

解説:
帝政ロシア最後の王朝ロマノフ家滅亡の悲劇を描いた作品。製作は「アラビアのロレンス」のサム・スピーゲル、監督は「パットン大戦車軍団」のフランクリン・J・シャフナー、脚本は「冬のライオン」のジェームズ・ゴールドマン、原作はロバート・K・マッシー、撮影はフレディ・ヤング、衣裳デザインはアントニオ・カスティロ、イヴォンヌ・ブレイク、ジョン・モロ、音楽はリチャード・ロドニー・ベネット、編集はアーネスト・ウォルターが各々担当。出演は「クロムウェル」のマイケル・ジェイストン、シェークスピア俳優の新人ジャネット・サズマン、ローレンス・オリヴィエ、マイケル・ブライアント、トム・ベイカー、ハリー・アンドリュース、ジャック・ホーキンス、クルト・ユルゲンス、マイケル・レッドグレイヴ、フィオナ・フラートン、ヴィヴィアン・ピックルズ、ブライアン・コックス、ジェームズ・ハゼルディン、ロイ・ドトリスなど。

あらすじ:
1904年、ロシア皇帝ニコライ2世(マイケル・ジェイストン)と皇后アレクサンドラ(ジャネット・サズマン)との間に皇太子アレクセイが誕生した。しかしすでにロシアでは貴族階級と労働者、農民との間には亀裂が生じていた。当時ロシアは日露戦争に足を踏み入れ、ロンドンでは亡命したレーニン(マイケル・ブライアント)、スターリン(ジェームズ・ハゼルディン)、クルップスカヤ(ヴィヴィアン・ピックルズ)、トロツキー(ブライアン・コックス)らが、労働者蜂起を企て、ロマノフ王朝打倒を目指していた。このような情勢の中、皇太子アレクセイの成長につれ、その体内に血友病が巣くっていることが明らかになり、その困惑のただ中に怪僧ラスプーチン(トム・ベイカー)が登場、不思議な力をふるって皇太子の危機を救い、このことからラスプーチンに対する皇后アレクサンドラの寵愛が始まった。これを期にロシア人民の心が王家から離反、加えて悲惨な貧困禍に見舞われ、1905年、あの“血の日曜日”を見るに至った。危急に心を痛める首相ウィッテを首相の任から降ろし、ストルイピンが首相の座についた。その後ストルイピンが若いボルシェビキのボグロフに暗殺されたのに怒った皇帝は、ただちにユダヤ人と労働者の弾圧を命じたが、穏健派ケレンスキーの制止でやむなきに至った。再び戻ってきた皇室の平和。更に一度は追放されたラスプーチンの復帰。しかし勃発した第1次大戦を受けた皇帝は、ロシア軍に動員を指令、側近に耳も貸さず自ら指揮をとった。チューリッヒのレーニンはこの報を聞いて具体的な計画にとりかかった。ペテルブルグでは、ラスプーチンが暗殺され、国民の飢餓は極に達し、毎日のように暴動、デモが繰り返され、遂にゼネストが起こった。さすがの皇帝も退位の署名をし、2月革命は成った。ここにロシア200年の専制の時代は終わった。王室一家の身柄の安全に心をくだくケレンスキーは、レーニン帰国の報を聞いて緊張、革命独裁の道を阻まんとして議会でボリシェビキと衝突したが失敗。ためにボリシェビキは、反革命軍の皇帝かつぎだしを怖れ、裁判という名目で皇帝一族を幽閉した。そして最後の指令が走った。1918年7月16日夜、ニコライ、アレクサンドラ、そして皇太子アレクセイなど王室一家はすべて銃殺に処された。

 

 

 

 

 

 

 

以下、テレビ画像より

 

 

 

 

家族写真:「名画で読み解く ロマノフ家12の物語」より

左よりオリガ、マリヤ、ニコライ2世、アレクサンドラ、アナスターシャ、

アレクセイ、タチヤーナ。1914年頃

 

「名画で読み解く ロマノフ家12の物語」

光文社新書

2014年7月20日初版第1刷発行

著者:中野京子

発行所:株式会社光文社

中野京子の「名画で読み解く ロマノフ家 12の物語」を読んだ!

 


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