酒井啓子の「中東から世界が見える―イラク戦争から『アラブの春』へ」(岩波ジュニア新書:2014年3月20日第1刷発行)を読みました。「ジュニア新書」といっても、あなどるなかれ。
卑近な話でお恥ずかしいのですが、以前、古市徹雄の「世界遺産の建築を見よう」(岩波ジュニア新書:2007年3月27日第1刷発行)を読んだとき、紹介されていた建築のほぼ半分がイスラム建築だったことに驚きました。まえがきに次のようにありました。「イスラムを西洋建築史と同等に扱っているのは、イスラム建築が果たしてきた役割を見ていくと、西洋建築に与えた影響が大きいからです。最近イスラムは何かと悪いイメージで見られがちですが、素晴らしい文化があります」と、書かれていました。
これは考えてみれば当然のことで、今までいかに日本人はイスラムについて知らなさすぎたのか、ということがよくわかります。そんなこともあって僕は、少しでもイスラムのこと、イスラム建築を知ろうと、遅ればせながら2012年10月に10日間、「トルコ旅行」へ行ってきました。乗り継ぎのためにアブダビ空港に降り立ち、待合室で休んでいう間も、まわりは大柄なターバンを巻いた人ばかりで、さすがに驚きましたが・・・。ル・コルビュジエも「東方への旅」を書いているぐらい、イスラム世界から多くを学んでいます。
酒井啓子は、中東やアラブ、そしてイラクに関する多くの著書があるように、我が国での中東問題の専門家で、イラク戦争の頃からテレビでも数多くコメントしているので、よく知られた「女性」でもあります。「アラブの春」で一旦は希望が見えたものの、その底からまたドロドロしたものが出てきて事態は悪化する一方です。イラク戦争から11年を経たアラブ世界の政治には、希望と絶望がせめぎ合いながら出たり引っ込んだりしています。そうしたなかで、酒井は「アラブを読み解く3つのカギは外圧、宗教、そして若者!」としています。
まず第一は、民主化と外国からの圧力の問題。第二の問題は、宗教と政治の関係をめぐる問題。第三は、若者、そして彼らの社会に対する異議申し立てという問題です。これらの問題は、アラブ世界だけでなく、世界全体に、こうした災いにどう対処すべきか、宿題を突きつけていると、酒井はいいます。そして日本も、中東情勢と無関係ではないといいます。第一は、石油の問題。第二は、グローバル化した世界で、日本とアラブの人々がじかに接する機会が格段に増えていること。そして第三に、イラク戦争は日本にとっても“パンドラの箱”を開けた事件だったということ。イラク戦争で始めて、日本政府は自衛隊をPKOではない形でイラクに派遣したのでした。
しかし、日本とアラブの関係を振り返れば、もっと触れ合うものがあるはずだ、と酒井はいいます。その理由として、アラブ諸国は、ずっと日本に親しみとあこがれをもってきたこと。アラブ諸国は、同じアジアの一員でありながら、日本が、戦後の焼け跡から復興し、欧米に並ぶ経済大国になったこと、そしてそれ以上に、日本が第二次世界大戦以降、平和を維持し続けていることに、強い信頼を寄せていることを上げています。
中東の人々が日本に学びたいと切に思っていることは、どのように戦争を放棄し、暴力に依存することを止め、戦争の痛みを乗り越え、平和な日々を獲得できたか、ということだという。同じ痛み、同じ苦しみを持って、共振性を取り戻すこと。尊厳のある自分自身を取り戻し、相手の尊厳も認めること。それが「アラブの春」後のアラブ諸国、中東の人々が試行錯誤しながら模索していることで、日本に生きる吾々もまた、その試行錯誤に共振するところが多いはずだという。「世界のどこかで起きていることは、必ず私たちの日常の、心のどこかで震わせているのです」と、酒井は結んでいます。
本の裏表紙には、以下のようにあります。
デモによって独裁政権を倒した「アラブの春」から数年。中東地域は、ますます混乱し、テロや内戦が続いている。なぜそんなことになったのだろう。国際社会や宗教は、どう関係したのか。また、中東政治のカギを握る若者たちは、デモや戦場で、何を求めて動いているのか。中東問題を「ちゃんと」知りたい人のためのはじめの一冊です。
酒井啓子:略歴
1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。イギリスのダーラム大学(中東イスラーム研究センター)で修士号取得。アジア経済研究所、東京外国語大学大学院教授を経て、現在は千葉大学教授。専攻は、イラク政治研究。著書に「イラクとアメリカ」「イラク 戦争と占領」(以上、岩波新書)、「中東の考え方」(講談社現代新書)、「中東政治学」(有斐社)、「アラブ大変動を読む 民衆革命のゆくえ」(東京外国語大学出版会)などがある。
目次
序章 イラク戦争から「アラブの春」へ
第1章 アラブに民主主義はやってくる?
第2章 イスラームと政治
第3章 中東の若者が目指すもの
終章 日本とアラブ
あとがき
参考文献
関連年表
アラブ・中東諸国 国別紹介
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〈知の航海〉シリーズとは
日本の科学者集団を代表する日本学術会議は、中学生にも理解できる水準とやさしい表現で学術の先端的な情報を提供し、若い読者の学術への関心を呼びおこすことを、重要な任務のひとつとしています。岩波ジュニア新書のサブ・シリーズとして刊行する〈知の航海〉シリーズは、おもな読者層として中学生、高校生を想定して、日本学術会議が贈る「学術への招待状」です。