講演会「フランドル油彩技法の伝統と革新 ルーベンスの影響とフランスの画家による展開」を聴いてきました。2011年4月に「オランダ・ベルギー・ルクセンブルグ」へのツアーに参加し、ルーベンスの作品を思っていた以上にたくさん観たこと、また、たまたま購入しておいたヤーコプ・ブルクハルトの「ルーベンス回想」(ちくま学芸文庫:2012年3月10日第1刷発行)を少しずつ読み進めていたことなどにより、この講演会があることを知り申し込みました。会場は日仏会館フランス事務所、何度か前を通り、恵比寿ガーデンプレイスの近くにあることは知っていました。講演会は、日仏会館関係者や、芸術等の研究者、学生など、ちょっとセレブな人たちで埋まっていて、熱気溢れる議論が続きました。
フランドル油彩技法の伝統と革新
ルーベンスの影響とフランスの画家による展開
[ 講演会 ] (同時通訳付き)
日時:2013年12月15日(日) 14:00 - 18:00
場所:日仏会館フランス事務所1階ホール
第一部 14:15 ~ 15:15
「ヨーロッパ絵画における立体感とイリュージョニスム― ファン・エイクからヴァ
トーまで、ルーベンスの技法と17、18 世紀の画家たちへの影響をめぐって」
講師:カトリーヌ・ペリエ=ディーテラン(ブリュッセル大学、ベルギー王立アカデミー会員)
司会:平岡洋子(明治学院大学)
第二部 15:45 ~ 16: 30
「ルノワールの色彩と技法― 絵画技法のフランドル伝統とルノワールによる革新」
講師: 内呂博之(ポーラ美術館)
司会:三浦篤(東京大学)
全体討議 17: 00 ~ 17: 30
主催:日仏美術学会、日仏会館フランス事務所
協賛:財団法人西洋美術振興財団、公益財団法人ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館
後援:在日ベルギー大使館
講演会に先だって、平岡洋子さんより「講演趣旨」の説明がありました。
以下、いただいた「講演趣旨」による。
本講演では、フランドル15正規に確立された油彩技法とその影響について講演していただく。フランドル油彩技法は、フランドル伝統として各国の画家に引き継がれながらも、各々の画家の創造により、革新的な変化を加味していった。本講演では、15世紀から20世紀初頭までを、ルーベンスの技法とその影響、そしてルノワールの革新性を中心に見ていくことにする。
第一講演者であるペリエ女史は、文化財研究所や美術館の15世紀から18世紀までの油彩画の調査分析、修復の現場に参加、研究書や報告書を執筆しヨーロッパ各地で技法の歴史を講演してきた。油彩技法の歴史と修復助言の専門家である。ペリエ女史に、確立期のヤン・ファン・エイクについてまず紹介いただき、つづいて17世紀のルーベンスの技法とその影響について、スペイン、フランドル、オランダの画家、具体的にはヴァン・ダイク、レンブラント、フェルメール、ヴェラスケス、ブーシェ、ヴァトーを取り上げて、特に立体感の表現とリアルな現実感を与える油彩技法に焦点をあてて示していただく。
ペリエ女史のベルギーやヨーロッパ各国においてなされた長年にわたる作品調査と分析は、多産な成果を生み出しており、その貴重な写真を見ながら解説を加えていく講演は、我が国に於ける貴重な機会と思われる。
内呂氏は、2007年から2009年にかけて、ポーラ美術館所蔵のルノワール作品の光学調査を東京文化財研究所と東京芸術大学の協力で行った。本講演では、ルノワールがルーベンスの技法の影響を受けたという点を始め、1880年代末から90年代初めのルノワール作品の彩色技法と色彩、スタイルの変遷を対象に、ルノワールによるフランドルの伝統的油彩技法の適用とルノワール自身による油彩技法の革新によって実現された磁器のような色彩についてご講演いただく。
ペリエ講演と内呂氏講演のつながりは、内呂氏講演が、ルーベンスへのルノワールの影響から語られるところにある。実際の調査をもとになされるお二人の講演をとおして、油彩技法の伝統と革新、新たな色彩が生み出された歴史を辿る講演になればと考える。
第一講演者:カトリーヌ・ペリエ=ディーテラン
ブリュッセル自由大学名誉教授、ベルギー王立アカデミー会員、フランスの美術品修復学院の非常勤講師、ラ・カンブルの国立視聴覚芸術高等学院講師、ヨーロッパ各地の大学の招請教授。国際美術館文化財保存委員会顧問代表、国際保存修復諮問機関の顧問。15、16、17世紀の西洋絵画とフランドル地方の祭壇画、美術作品の科学調査の手法、絵画技法、文化財保存と修復についての著書多数。
第二講演者:内呂(うちろ)博之
1972年生。2001年、東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程文化財保存学専攻(保存修復油絵)中退後、ポーラ美術館設立準備室に勤務。現在、公益財団法人ポーラ美術振興財団ポーラ美術館学芸員。専門は保存修復、絵画技法史、日本近代絵画史。担当した展覧会に、「コレクションに見る子どもの世界 フジタ、ピカソを中心に」(ポーラ美術館、2004~2005年)、「佐伯祐三とフランス」(ポーラ美術館、2011~2012年)、「レオナール・フジタ ポーラ美術館コレクションを中心に」(Bunkamuraザ・ミュージアム、2013年)など。
講演会を一通り記録してはきましたが、こうした講演会の常で言葉の違いもあり、詳細を理解することが難しかったこと、また議論はどうどう巡りが続き、細部にわたって記録するのは僕の手に余ります。従って、いただいた資料を以下に載せておいた方が、厳密をきす上でもいいのではないかと思います。
講演1概要:
ヨーロッパ絵画におけるモデリングとイリュージョニスム―ファン・エイクからヴァトーまで、ルーベンスの技法と17、18世紀の画家たちへの影響をめぐって
カトリーヌ・ペリエ=ディーテラン(ブリュッセル自由大学名誉教授、ベルギー王立アカデミー会員)
イリュージョニスティックな表現の絵画技法。美術作品の調査から得られたもの。
イリュージョニスティックな表現に使われた絵画技法について語るに際し、それぞれのやり方で現実をイリュージョニスティックに再現するため、さまざまな画家と接し、絵画技法を吸収していったヨーロッパの画家たちの交錯した歩みを、このテーマから見て示したいと思う。
先ず導入部として、立体感の観念について、そして15世紀以前の写本挿絵について触れ、続いて絵画の偉大な天才たちの道程を、ヤン・ファン・エイクからルーベンス、ヴァン・ダイク、レンブラント、ヴェラスケスを経てアントワーヌ・ヴァトーとフランソワ・ブーシェに至るまでの絵画技法を見ていく。
油彩技法の可能性を開発した最初の素晴らしい成果がヤン・ファン・エイクと共にあるとするならば、その絶頂期は、北方油彩画の歴史においてその影響が最も広範囲に及んだ“不透明―透明感”効果の階調を作り出したピーター・ポール・ルーベンスと共にあるといえるだろう。そしてルーベンス自身が、ヴェネツィア派、特にティツィアーノの影響を受け、17、18世紀の画家たち―南ネーデルランド、オランダ、スペイン、フランスの画家たち―に決定的な影響を与えることとなる。本講演では、これらの画家の美的渇望に応えるそれぞれの画家の手法を明らかにしようと試みることで、彼らの作品がつくられていった吸収作用と創造の絶え間ない動きにおける画家の間の対話の本質的な貢献を理解していただけたらと考える。
また、研究者の方々美術愛好家の方々に、調査という条件の下、制作技法と様式が密接に結びついた絵画面から読み取った視覚的客観的なデータをお示ししたい。
近年、科学的調査方法の寄与のおかげで、この領域は大きく進展を見ている。
講演2概要:
ルノワールの色彩と技法―絵画技法のフランドル伝統とルノワールによる革新
内呂博之(ポーラ美術館学芸員)
光を描きとどめようとする印象主義の手法に限界を感じたルノワールは、1881-1882年のイタリア旅行を経て、厳格な輪郭線と量感の表現による古典的様式、いわゆる「アングル様式」に向かう。彼は、人体描写に際しては、シルバーホワイトによる重厚な下塗りの上に、赤や青を比較的細かくやわらかい筆で薄く繊細に塗り重ねることによって、量感や明暗を表現する方法を見出す。この「グラッシ(グレーズ)」と呼ばれる伝統技法にもとずく手法によって、彼の描いた女性の肌は油彩画特有の透明感のまるマティエール(画肌)を呈し、釉薬を施した磁器のようなやわらかな輝きを湛えている。
アングル様式を脱した1890年代以降、ルノワールはのびやかな筆致を特徴とした、明るく鮮やかな、そして透明感にあふれる画風を追求するようになる。とりわけ裸婦をモティーフとした作品では、補色関係にある赤と緑のと梅移植を溶き油で薄く溶き、彩度を抑えて描く手法を採り入れており、そのやわらかな透明色は、部分的にやや厚く施された不透明色や純色との絶妙な均衡によって、豊かな色彩と変化に富んだマティエール画面にもたらした。
本発表では、ポーラ美術館が収蔵する、ルノワールの1880年代から1910年代までの油彩画15点を通して、彼の油彩画の変遷とその技法的な特質を明らかにしたい。
2013年12月1日(日)~2014年4月6日(日)
ポーラ美術館―箱根仙石原―