東京駅の丸の内北口前の丸の内オアゾの1階に、ピカソの「ゲルニカ」の陶板製レプリカがあります。いつでも、だれでも観ることができます。
ぺんた兄弟堂さんも「丸の内で会いましょう。」で書かれていました。
右下に掲げられた銘板
銘板には、以下のようにあります。
ゲルニカ(原画)1937年制作
パブロ・ピカソ(スペイン)1881-1973
1937年、フランコ将軍の要請で、ナチス・ドイツ軍はスペインの古都ゲルニカを全滅させた。この暴挙に衝撃を受けたピカソは、二ヶ月足らずで大壁画を完成、パリ万国博覧会のスペイン館で発表した。爆撃の直接的な表現は避け、鮮やかな明暗の対比のうちに故国の悲劇を象徴的に描ききった「ゲルニカ」は、20世紀という”戦争の世紀”にあって、平和への希求をこめた記念碑的作品となった。
ゲルニカ(複製陶板)
美術陶板
大塚オーミ陶業株式会社の特殊技術により、紙やカンヴァスに描くように陶板上に自由に絵を描けるほか、写真製版技術を用い写真を陶板上に焼き付け、繊細なタッチや微妙な色彩も再現することができます。今回展示している「ゲルニカ」はピカソの令息クロード氏の承諾を得て実寸大かつ忠実に再現されたセラミックによる複製作品です。
以下、2008年3月13日にアップした「ゲルニカ ピカソが描いた不安と予感」を再掲します。
ゲルニカの空爆を描いたピカソの大作は、鑑賞者にいまだに大きな衝撃と「不安感」を与える。美術史から見ても「異質」とされる「ゲルニカ」の多義性を、背景となる歴史観や制作過程、「メタモルフォーズ(変容)」を基本とするピカソの本質、作品のメッセージなど、多角的な視点から読み解く。(光文社新書893円)
朝日新聞の読書欄、文庫・新書コーナーに上のように載っていたので、その記事を切り抜いて、しばらく持っていました。他の本を買うこともあって、「ゲルニカ」も一緒にアマゾンへ注文し、やっと届き、一気に読み終わりました。昨年12月にスペイン旅行をしました。いまだにその旅行の時の記事はブログに書いていないので、やや強迫観念に襲われています。その旅行の目玉としては三つの美術館へ行くこと、バルセロナのピカソ美術館、マドリッドのプラド美術館と国立ソフィア王妃芸術センターへ行くことでした。実はこの三つの美術館、ピカソの作品でつながりがあることを、今回観てはっきりしました。格安ツアーの常で、十分な時間は取れませんでしたが、それでも一通り見たという満足感はありました。
バルセロナのピカソ美術館へ行くのは僕は二度目です。前回行ったときとはだいぶ展示に変化が見られ、より観やすくなっていたように思われました。いうまでもなく、ピカソの初期の作品を数多く展示してありました。いま図録を探して手に取ってみると、2002年9月から12月に上野の森美術館で「ピカソ天才の誕生 バルセロナ・ピカソ美術館」が開催されて観ていました。ここではプラド美術館にあるヴェラスケスの「ラス・メニーナス(宮廷の侍女たち)」に題材をとったピカソの「ラス・メニーナス(宮廷の女官達)」と、そのスケッチ類が多数展示してありました。なにしろ「マリア・アグステイナ・サルミエント」「マルガリータ・マリア王女」「イザベル・デ・ベラスコとマリア・バルボラ」等々、すごい数の「宮廷の女官達」を観ました。その後すぐに僕は、プラド美術館でヴェラスケスの「ラス・メニーナス(宮廷の侍女たち)」を観ることになるわけです。
プラド美術館を観たあと、国立ソフィア王妃芸術センターへ行きました。この美術館はマドリッドの近代・現代美術館の役割を果たしているようです。ここにピカソの「ゲルニカ」があるわけです。かつてはプラド美術館別館で防弾ガラスに守られていたこの作品も、1990年にここへ置かれることになったのを機会に防弾ガラスを外して鑑賞できるようになったわけです。「ゲルニカ」は、縦3m半、横幅は8m近くあり、なにしろ大きい。白と黒、そして灰色のグラデーションだけで描かれています。そのことによってか、時間が止まっているように思われました。思っていた以上に落ちついた佇まいを感じさせ、古典的で静謐な印象を受けました。そして残された制作途中の膨大な習作、スケッチ類には圧倒されました。
そんなこともあって、「ゲルニカ ピカソが描いた不安と予感」を読むことを楽しみにしていました。「ゲルニカ」は、ピカソがスペインの小都市・ゲルニカを襲った無差別大量殺人を告発し、その悲劇を巨大なスケールで一気呵成に描き上げたとされています。「ゲルニカ」はピカソ56歳にしてほとんど唯一の依頼された作品です。様式的にも特殊で、孤立していると著者はいう。さらに「ゲルニカ」は、「ゲルニカ」以前とも、「ゲルニカ」以後とも、ピカソの作品としては異質であるという。要するに「ゲルニカ」は、「異質ずくめ」でありながら、ピカソの代名詞のようなレッテルを貼られています。
この本を読み終わって、「ゲルニカ」について、そして「ピカソ」について、まんべんなく書かれている本です。いうなれば「ピカソ通史」ともいえる本になっています。「ゲルニカ」については、何番目かのピカソの愛人、ドラ・マールの「ゲルニカ」の制作過程の写真(完成作を含めると8枚)が圧巻です。このような写真が残っていたことは知りませんでした。第3章「美術史の中の『ゲルニカ』」のなかの、ピカソの創作様式の変化は、やや教科書的ですが、要領よく纏まっていて、ピカソを知る上では参考になります。第4章「オリジナリティと多層性」、第5章「呪術的な力――歴史画として読む」は、教条的というか、やや言い古された一般論のように感じました。しかしたった一枚の作品「ゲルニカ」だけについて、一書をものにしたことについては、素晴らしいことだと思います。
ソフィア王妃芸術センターの建物についてですが、もともとこの建物は18世紀にかつての国王カルロス3世が建築家サバティーニに建てさせた病院、病院として建築中に放置されたままの建物だったようですが、それを美術館にしたものです。広場側の建物の正面に最近になって、建物内の上下の動線としての機能を果たすために、イアン・リッチーによってガラス張りのエレベーターが付け足されました。その後、広場側とは反対側の道路側に、ジャン・ヌーベルによる増設工事が完成したばかりです。真っ赤な色を多用していますが、やや暗い印象を受けました。僕はこちら側の入り口から入って、帰りには広場側へ出ました。
*僕がソフィア王妃幻術センターで「ゲルニカ」を観たのは、2007年12月15日(水)です。スペイン8日間格安ツアーでのことでした。
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